田中求之的日々の雑感

【福井県立大学・経済学部の教員である田中求之(たなか もとゆき)の日記のようなもの】

ここに記されているのは、あくまでも田中求之の個人的な意見や感想です。田中の所属する組織や田中の公的な立場の見解ではありません。「田中求之的日々の雑感」の方には新着40(約一ヶ月分)が掲載されています。

20年08月23日 11時32分 着信

週末は大学のメールすらチェックせずに休むことにしていて、このページにも投稿しないのだが、Twitter とか見てて、ああ、そうだ、これだよなぁと思ったことがあったので、書いておくことにした。

子供が専門書(とか本格的な図鑑)を欲しがった時に買ってやることについて。自分の親は、基本的に、自分が欲しい本に関しては、買ってくれていた(マンガは無理だったけど)。もちろん、親に言えば買ってもらえるからと言って何でもかんでも買ってもらったわけではなく、自分としても、色々と考えた上で、自分の小遣いとかで買える本ではないけど、どうしても読んでみたい本をねだっていた(図書館にあるかどうかももちろんチェックした上で)。そういうとき、自分の親は、それが自分に難しいとか、読めないんじゃないかとか(習ってない漢字や言葉がいっぱいあるとかね)、それを理由に拒むことはなかった。そのことには感謝している。小学校の低学年の時に鉄道列車や模型に関するけっこうマジな本(今にして思えば、大人の愛好家向けの本だった)とか、インカ帝国に関する歴史書などを、買ってもらえた(もちろん、いつもではない)。買ってもらった難しい本を、それでもなんかすごいことが書いてあるようだということで、一生懸命、何度も読み直して、ちょっとずつ分かっていったことが(小学校低学年で、鉄道電化の交流と直流の違い、メリットとデメリットなんてのを知ってても、まぁ、学校の成績にはまったく関係しなかったけど)、今の自分に繋がっている気がする。読者対象を年齢や学年で分けている(絞っている)本の良さは自分もわかっている(少なくとも小説は学研の雑誌「学習」があったから自分は広がったと思う)けど、こういう言い方がいいのかどうかわかんないけど、「ホンモノ」に触れることの刺激って大切だと思う。まぁ、内容はすぐには分からなくても、その先に、すっごい大きな/深いものがあるんだということはわかるわけで、自分の分かってなさに打ちのめされるような感じなんだけど、なんかダンジョンに放り込まれて、自分の武器や魔法でやりくりしているうちに、経験値があがっていって、そのダンジョンを抜けられるみたいな体験をすること、少なくとも自分はしたことは、よかったなと思ってる。

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