田中求之的日々の雑感

【福井県立大学・経済学部の教員である田中求之(たなか もとゆき)の日記のようなもの】

ここに記されているのは、あくまでも田中求之の個人的な意見や感想です。田中の所属する組織や田中の公的な立場の見解ではありません。「田中求之的日々の雑感」の方には新着40(約一ヶ月分)が掲載されています。

19年08月26日 10時26分 着信

金曜日まで松山に行っていた。父親の初盆の法要がメインだが、税理士さんに自宅を見てもらうなどの手続きもすこし進んだ。

20日火曜日の朝、6時前に自宅を出発。舞鶴若狭から山陽道に入り、しまなみ海道で四国へ渡った。今治からは国道を走って北条経由(海沿い)で松山へ。道の感じなどは覚えているところもあったが、市町村合併で地名が変わっていたりして、新鮮ではあった。母親の施設に行ってから宿のたかのこの温泉ホテルへ。ゆっくりと温泉に入った。

21日は、朝、施設に母親を迎えに行き、銀行で送金や父親の書類を受けとり、新しい老眼鏡を買うために眼鏡屋へ。その後、松山の自宅へ行き、昼食。よく使っていたすし屋に昼食に行く予定だったのだが、電話がつながらず、調べてみたら人不足で休業中になっていた。スーパーで寿司のパックなどを購入して食べた。その後、税理さんが来られ、書類の受け渡しや家の様子を見てもらったりした。眼鏡を受け取って母親を施設に送り、自分は宿に戻って軽く風呂を浴びてから、バスで市内へ。高校の友人たちと夕食。帰りは伊予鉄電車に久しぶりに乗って宿に戻った。

22日は、朝、母親を迎えに行ってから市内の興聖寺へ。妹家族と待ち合わせ、父親の初盆の法要。その後、施設にもどって皆と談話してから、自分は宿に。午後は風呂に入って昼寝して、また風呂に入って、と温泉を楽しんだ。

23日は、朝、母親のところへいき、父親の遺骨を受け取る。その後、松山道から瀬戸大橋、岡山道、中国道へ。中国道の兵庫県に入るあたりで、豪雨に遭遇。前も見えなくなるほどの雨の中を走ったが、中国道は空いていたのが助かった。舞鶴若狭を経て福井までもどった。さすがに疲れたので、すぐに寝た。

24日土曜日は、朝、10時から地区の集まりで、勤務校で自分が担当(世話役)をしている授業の紹介。始まった経緯などを話す。終わってから文化祭の準備に行く長女を送って行って、戻ってから自宅でエアコンの修理の立会い。前回と同じトラブルがすぐに再発したということで、徹底的なクリーニングなどを行なっている横で本を読んでいた。

昨日は、朝、高校のオープンスクールに行く次女を送っていき、その後、次女を迎えにいくついでに長女を送り、次女といっしょに長女を迎えにってから、久しぶりに外食。

この週末は、松山に行っている間に届いていたサイモン・ウィンチェスターの新刊『精密への果てなき道』を読みふけり(最後に日本が出てくるのは驚いたが)、漫画の新刊やブルーバックスを読んでいた。

また、久しぶりにパワーズの『ガラティア 2.2』を読み返し始めたのだが、すっかり文章などを忘れていて、引き込まれている。小説の言葉の感触をじっくり味わうのは久しぶりだな。

今日は試験の成績確認などの作業はあるが、その後は、予定なし。気分としては、ようやく夏休み的な時間が取れるってとこ。

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