田中求之的日々の雑感

【福井県立大学・経済学部の教員である田中求之(たなか もとゆき)の日記のようなもの】

ここに記されているのは、あくまでも田中求之の個人的な意見や感想です。田中の所属する組織や田中の公的な立場の見解ではありません。「田中求之的日々の雑感」の方には新着40(約一ヶ月分)が掲載されています。

19年06月17日 15時01分 着信

金曜日に松山から帰ってきたのだが、そのまま週末になり、ようやく今日になって日常に戻ったかなという感じがしている。

松山行きの記録:水曜日の朝、5時半ごろに自宅を出て、北陸道〜舞鶴若狭道〜中国道〜山陽道を経て明石海峡大橋を渡って鳴門へ。今回は高松道を使った。徳島道に比べると少し遠回りにはなるんだが、前線二車線で空いていたこともあって、走りやすく順調に。昼過ぎに松山着。自宅へ行って確認作業など。3時過ぎから税理士との打ち合わせ。6時前に終わったので、母親の元へ顔を出してからホテルへ。夜は秋吉で。なにも松山でとは思ったが、カウンターなら一人で気楽に食べられるだろうし、最近、行ってなかったので。

木曜日は、まず母親の元へ。母親を連れて自宅へ。前日、税理士に言われた書類がないか調べたりしていた。ホームに戻ってからは、母親の元へ届いていた書類の確認。その後、位牌を取りに行き、昼食を食べてから、魂入れの法要を行ってもらう。初盆の法要も引き受けてくれるそうなので、その方向で話を進めることに。母親の元に位牌を届けてからホテルへ戻る。夕食は高校の友人と。

金曜日は、朝、母親の元に顔を出してから、松山をたつ。川内から松山道に乗り、小松で今治への連絡道に入り(途中からは下道)、しまなみ海道を渡って福山で山陽道に。岡山から岡山道を通って中国道へ。中国道の方が山陽道よりは空いていて、なかなか走りやすかった。吉川JCから舞鶴若狭〜北陸道で自宅へ。日本海側に出たあたりから風がけっこう吹いていて、車が揺れたが、順調に帰ってきた。

行きの敦賀で少し激しい雨に降られた以外は、天気も良く(暑かった)、往復で1300キロほどをトラブルもなくこなしたのだった。やはり車で行くと松山での行動が楽だと実感。

土曜日は娘たちの送り迎えなど。夕食は来島海峡のSAで買ってきた鯛めし。

日曜日は、自宅の近くに準備中の私設図書館のプレオープンに顔を出して、本の寄贈のことなどを話し合う。民家を改装して図書館にしようとしているのだが、向かいの寺の庭が楽しめたり、なかなかいい雰囲気の空間であった。地元の色々な知り合い(地区の活動で顔なじみになった人たち)も訪れていて、あれこれと話したり。昼過ぎにでかけていた娘たちを迎えに。夕食は。父の日ということで娘たちが作ってくれた。

今日の午前中は看護学校の非常勤。今日は責任について。持つ責任ととる責任の違いとか、自由意思と責任の話などの持ちネタ。次回は組織論のダイジェストの予定。

この週末、あれこれと片付けをしないといけないと思いながら、届いていた東浩紀の『テーマパーク化する地球』を読みふけっていた。色々と考えさせられる内容で、刺激になる。まだ終わってないけど。あとは、やはり?、けっこう昼寝をしてしまったのだった。

明日の情報システムは、ブロックチェーンの解説(関連して暗号資産)で行くことにした。携帯の料金をめぐるゴタゴタの続報など、ニュースもあるのだが、今のところ、どか〜んというのはないので。さて、うまくまとまるかな。ハッシュ関数の実演をどのように入れるか、思案中。

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