田中求之的日々の雑感

【福井県立大学・経済学部の教員である田中求之(たなか もとゆき)の日記のようなもの】

田中求之的日々の雑感」の方には新着40、約一ヶ月分が掲載されています。

ここに記されているのは、あくまでも田中求之の個人的な意見や感想です。
田中の所属する組織や田中の公的な立場の見解ではありません。

18年08月30日 14時53分 着信

>明日から松山行き。どうなるやら。

と言っていたら、とんでもないことになったのだった。昨日まで、松山市の松山市民病院へ入院していた。

16日に松山に行き、両親のホームへ。母親を連れて実家に戻り、父親の荷物などをホームへ運ぶ。また、父親のパソコンをホテルに持ち帰り、メンテナンスなどを行う。

17日は朝からホームへ行き、薬局との契約、ホームの運営懇談会、両親の入居後の様子を踏まえたカンファレンスなどをこなした。これで自分が直接たちあったり契約したりする手続きは一通り完了。今後は、折に触れて電話などで状況を知らせてもらうことになる。6月からの両親のホーム入居も一区切りついた。ホテルに戻って軽く飲んで早めに寝た(朝風呂を浴びてから福井に帰る予定だった)。

18日の午前4時過ぎに吐き気・吐血。フロントに連絡して救急車を手配してもらう。松山市民病院へ搬送され、そのまま入院(すでに出発に備えて荷物の整理などは終わっていたし、料金も支払っていた)。CTやレントゲンなどの検査、そして内視鏡(胃カメラ)での検査と治療。食道からの出血ということで、突然の再出血を用心してICU (HCU) へ入ることに。スマートフォンなども取り上げられ、外部とは一切の接触不可の状態でベッドに。24時間点滴を打ちながら、出血に伴う貧血がひどいということで輸血も。HCU を出るまでの3日間は絶食だった。

2日後の胃カメラの再検査で出血が止まっていることが確認されて一般病棟へ。自覚症状もなく、ベッドで時間をすごしながら点滴と注射と投薬の日々。こんなことになるとは思いもせず、たいして本を持って行ってなかったので、読む本がなくなってしまい、それが一番の心配だったのだが、高校時代の友人に連絡がつき、ウィトゲンシュタインの『哲学探究』を買ってきてもらい、しばらくはもっぱらそれとこってる向き合う日々。心配した父親がホームの人に付き添ってもらって見舞いに来たが、元気そうだったので安心したようだった

週末に妻と娘たちが松山へ。妻と一緒に主治医からの説明を聞く。娘たちに本の追加を買いに行ってもらったりした。

月曜日の血液検査で状態が良くなってきたことが確認され、水曜日(昨日)の午前中に退院。ジュンク堂に寄って1時間ほど過ごしてから、午後の列車で福井に戻ってきた。

まったく何が起こるかわからないものである。移動中ではなくホテルで症状が出たこと、自分が全く知らない土地ではなかったことなどが、幸いといえば幸い。

今日から大学へ出勤。

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