合意と目的
−側生組織と公式組織理論の整合性−

福井県立大学・経済学部 田中求之


このページについて

ここに掲載されているのは、京都大学経済学部「経済論叢」第152巻第3号掲載に掲載された論文の原稿である。実際に掲載されたものは、このページのものとは内容が異なる。

*この論文で取り上げているバーナードの組織論そのものについて関心がある場合には、田中によるバーナードのコメンタールなどの一覧をまとめてある以下のページを参照のこと:

注は省略した


はじめに

主著から10年の後に発刊された『組織と経営』においてバーナードが新たに展開した概念はいくつかあるが,そのうちの一つとして,側生組織(lateral organization)があげられる.主著においては公式組織は共通目的の実現のために階層化された形態しか考えられていなかったが,この形態の公式組織を階層組織として分類し直すと共に,新たに自由な合意に基づく水平的な公式組織の形態として,側生組織が導入されたのである.

しかしながら,側生組織を公式組織に含めることによって,バーナードの公式組織の理論そのものに一つの歪みが持ち込まれることになるのである.側生組織においては共通目的が存在しないからである.固有の目的を持たない公式組織,目的を共有しない構成員による協働システムとは,バーナードの主著の段階における公式組織の理論からすれば,あきらかに公式組織と呼べるものではない.側生組織という概念は確かに実りの多い概念であることはいまさら言うまでもないことだが,しかし,それが公式組織の理論の中では,座りの悪いものになっているのである.そこで,この論文では,公式組織の理論に側生組織を持ち込むことの問題を確認し,そこから,側生組織という概念にはらまれている可能性を論じることにする.側生組織を公式組織の理論に整合的に組み込むことができるのか,またそこから何が見えてくるのかを明らかにしよう.


1:側生組織の定義

まず,側生組織の定義を確認しておこう.側生組織の概念が明確な形で導入されるのは『組織と管理』第VI章「世界政府の計画化について」(以下「世界政府」と略記)である.その中でバーナードは公式組織の二つの一般型を定義するとして,次のように述べている.

公式組織の区別すべき2類型のうち,第一のものは,相互理解,契約,条約などによる自由な合意による組織である.そのような組織を私は「側生組織」(lateral organization)と呼ぶ.第二のタイプは「垂直的」で,分節化された体系をもち,階層的(hierarchical)で,階級的(scalar)である.このタイプに対して私は通常,「階層的」(scalar)という語を用いる.

合意による協働行為のシステムが側生組織と呼ばれるわけだが,このようなシステムは非権威主義的であって,統合は水平的である.さらに,形態的な差異だけでなく,根本的な部分で側生組織は階層組織との違いを持っている.それは側生組織は組織目的を持たないと言う点である.

側生組織は通常,短期間だけ設定され,特定目的に限定される.こうした目的は,合意の当事者たちの私的なものであって,合意によって創立された組織に固有ではない.合意が目的そのものになることはない.合意は自存するのではなく,その当事者によって別々に維持されるのである.

つまり,側生組織とは,共通目的の達成のための協働ではなく,構成員の個々が自己の私的目的を追及するにあたって相手を利用し合う,そのような公式組織なのである.互いに自己の欲求充足の際の手段として他者にかかわり,互いに手段として役立ちうる限りにおいて協働が合意されなされるわけである.階層組織が目的の一致による組織ならば,側生組織は手段の一致による組織であるということができる.

このような側生組織の特徴として,内的な管理機構を持たないという点をバーナードは強調している.組織目的が存在しない以上,組織目的の達成に向けた行為の目的−手段連鎖を形成・維持する必要がないのであり,このための管理機能はまったく必要とされない.組織自体の維持は,組織に外的な環境,あるいは参加者個人の道徳に依存する.それゆえ,管理機構という間接費を必要としないため「安上がり」であるし,意思決定は行為者のみによって,行為の具体的な現場において行なわれるゆえに,「自由な合意による組織の一般システムは,階層組織のそれよりも,本来的にいっそう柔軟で適応的−システム全体としての適応性はまったく事前に計画できないが−と言えそうである」.階層組織は組織目的を持ち合目的にシステム化され固有の管理機構を持つがゆえに,長期にわたって存続しうる.一方の側生組織は,管理機構を持たないがゆえに,長期の存続は難しいし,関係がこじれて過度の競争や闘争を生む危険があるが,他方で関係と行為の柔軟性を確保しているのである.

「世界政府」においてバーナードが側生組織の概念を導入して示そうとしたことは,世界政府という公式組織を構成しようとするとき,合目的安定性を持った階層組織と,適応的柔軟性を持った側生組織という二つの形態を考えることができることであり,さらに合目的安定性と適応的柔軟性とはトレードオフの関係であって,環境の複雑さが増すほどこのトレードオフを真剣に考慮しなければならないことへの注意の喚起であった.

このように側生組織の概念は世界政府のあり方を検討する中で述べられている概念ではあるが,特定のテーマのためだけに提示された概念と見るべきではない.明らかにバーナードは公式組織の新たな展開/拡張として側生組織という概念を導入したのである.このことは『経営者の役割』日本語版序文(1956年)の次の言葉からも明らかである.

1938年[『経営者の役割』出版]以来の私の経験からみれば,当時書いたことにほとんど変更を加える必要がないと思われる.もっとも公式組織におけるステイタス・システムや私が側生組織とよんだものに若干付言してもっと明らかにすべきであった.

さらに,『組織と管理』の他の論文においても,側生組織としては分類されてはいないが,実質的に側生組織である組織の分析がなされ,そこで彼の組織の理論の拡張がなされている箇所がある.それは,第V章「組織の概念」における交換関係の分析である.この論文において,単純な経済的交換も協働であること,組織にたいする顧客の関係も公式組織に含まれること,を述べている.そして,論文末にまとめられている『経営者の役割』の公式組織の理論の概念的枠組のリストにおいて,次のように『経営者の役割』の自己批判を行なっているのである.

まず,構造概念の公式組織について「公式組織 第6,7章.そこには,組織に対する顧客の関係の見当が含まれていないという点で,大きな欠点がある」.一方,動態概念の協働については「協働 第3,4,5,16章.協働の一典型としての単純な経済的交換の場合を含んでいない点で欠点を持つ」.

組織と顧客の関係は,両者は目的を共有せず,顧客の側は私的目的のみを追及するわけであるから,そこに成立する公式組織は側生組織であると言えよう.また,単純な交換は「取り引きを成立させる合意,すなわち双方の行為の調整,に基づいている」 1 のだから,それは合意に基づく公式組織,つまり側生組織を形成するのである.「世界政府」においても,交換を側生組織の最も単純な形態と位置づけている.それゆえ,「組織の概念」における公式組織と協働に関する自己批判は,『経営者の役割』では側生組織という公式組織について述べていない点を批判していることになる.

このように,「組織の概念」は,バーナードが側生組織概念を形成しつつある論文であると位置づけることができる.そこで,この論文を検討し,側生組織概念の問題点を確認しよう.


2:側生組織概念の問題点

「組織の概念」は,大きく分けて2つの内容を持った論文である.前半部分においては,顧客の購買行為が売り手の組織の一部であることを述べてあり,後半では主著の主要概念の整理と,組織理論構築に当たってのバーナードの認識論が展開されている.すでに述べたように,この後半の主要概念の整理において,彼は自身の協働と公式組織の二つの概念に交換が含まれていないことを自己批判している.そして,論文前半部分の顧客の行為の分析の部分は,まさにこの交換を自己の組織の理論で分析してみせたものになっているのである.この分析を,バーナードが側生組織を分析したものとして見ていくことにしよう.

この分析は,基本的には,売り手−買い手関係が,主著の第11章で展開した誘因の経済の枠組みに当てはまるものであることを検証していくものになっている.そのことによって,自身の組織概念に照らすならば,従業員の活動と,買い物をしているときの顧客の活動が同一の組織に対する同等の貢献であるということを示すのである.この分析のポイントは,顧客という我々が日常において売り手の「組織」の「外部」に位置づける人々の行為も,組織を相互行為のシステムとすると組織の「内部」に位置づけられることを示すことにある.つまり,日常的に考えているより組織は拡がりを持ち,また,協働はそれだけ複雑な連関のもとに成立するものであることを示すのである.組織は行為・相互行為によって構成されたものであって,人によって構成されたものではない.それゆえ,人から見れば外部である顧客も,行為から見れば組織の内部であって,内部の協働としての分析枠組(誘因の経済)で論じることができるのだ.これがバーナードの主張である.この主張はすでに『経営者の役割』において述べられていたものであるが & ,それをきちんと論証したのがこの論文である.そして,組織概念と誘因の経済の枠組みだけからすれば,論文の分析を通じてこの主張は十分に確証されていると言えよう.

しかしながら,この分析を通じて,バーナードは一度も,売り手−買い手の協働が公式組織の要素を満たしているかどうかを論じていない.あくまでも売り手−買い手の協働が組織の定義を満たすことをもって誘因の経済の適用をおこなっているのである.この分析には,目的についての分析が抜けている.そして,目的の観点から,つまり協働の成立は目的の共有を必要とするという観点から分析を行なえば,顧客は組織の一部であるとする主著でもすでに述べられていたバーナードの主張は揺らぐのである.

考えてみればすぐに分かることだが,売り手と買い手は共通の目的のために関係し相互作用をおこなうものではない.売り手は売り手の組織の目的の為に組織人格において行為するのに対して,買い手は私的欲求の充足という個人的な目的のために個人人格として行為する.売り手の目的(=売上の増大)と,買い手の目的(=商品の購入)が,ともに交換という協働行為によって充足されるがゆえに,関係を結ぶのである.顧客は購入に当たって売り手の組織の目的を共有あるいは承認している必要はまったくない.あくまでも,交換という協働が互いの目的の充足の手段であるがゆえに,協働が行なわれるのである.目的,あるいは人格の種類においても,両者の間には共通点がない.

さらに,顧客は売り手組織の目的を共有しないのであるから,顧客の行為が組織に貢献する行為であるという行為の意味づけ自体にも問題が出てくる.商品の購買という活動は,確かに売り手の組織からすれば,その行為がなされなければ己の存続が危うくなる,その行為が行なわれることが己の存在意義を確認する,そうした組織の要になる行為である.それゆえ,行為の総体がシステムとして存続しうるためには購買行為が欠かせないという意味において,組織に「貢献する」行為であると言うこともできるだろう.しかし,これは,あくまで,売り手の組織からの観点であって,買い手の観点ではないし,ましてや,販売という協働そのものの持つ固有の観点による意味づけでもない.バーナードは具体的に分析に入るに先だって,「ビジネス行動に関する基礎的な社会学的見地においては,従業員の活動と,買い物をしているときの顧客の活動は等価な要素なのであり,同一の組織に対する同等の貢献であるということを示す」 2 と述べているが,明らかに顧客の活動を組織に「貢献する」活動する意味づけは,顧客を売り手組織から意味づけたものであって,売り手−買い手の協働(交換)に内在的な意味づけ,顧客によっても共有されるような組織的な意味づけではないのである.それゆえ,売り手組織が顧客という対象に対して行なう戦略的意味づけとしてならばまだしも,「基礎的な社会学的見地」からの意味づけとは言いがたい.このように,あくまでも組織(協働)に目的が必要とする限り,交換や売り手−買い手の取り引きを公式組織の理論の枠組みから組織として分析することには無理があり,理論的な不整合を生じることになるのである.


3:側生組織は段階か類型か

側生組織概念が公式組織の理論に導入されたことよって,バーナードの公式組織の理論はいっそうの深化をとげたと言えるだろう.しかしながら,側生組織概念を導入することは,新たな概念,新たな視点,新たな対象を,単に追加するということだけではないのである.その導入は公式組織の理論に一つの歪みをもたらし,公式組織についての新たな再検討を要求することになる.この歪みとは,公式組織の”定義”と”要素”との間にもたらされる.組織の定義からすれば公式組織である側生組織が,組織目的を持たないことによって,『経営者の役割』において示された組織の要素を満たしていないのである.

公式組織とは「二人以上の人々の意識的に調整された活動や諸力の体系」である,という公式組織の定義からすれば,側生組織を公式組織に含めることにはなんら問題はない.側生組織概念は組織の定義とは整合的である.しかしながら,公式組織の成立条件たる公式組織の要素(elements)は,コミュニケーション,貢献意欲,共通目的,の3つであって,側生組織はこの要素のうちの共通目的を満たしていないのである.組織の3要素は組織成立にあたって「必要にして十分な条件」 ( である.目的が公式組織の必要条件である以上,この主著の段階の公式組織の理論に,そのまま側生組織を単純に追加するわけにはいかない.主著の段階においては,共通目的を欠く「組織」とは,非公式組織であるとされていたのである.側生組織概念によってもたらされるこの歪みをどう解消するべきか.あるいは,歪みをどのように解釈するべきか?

村田晴夫氏は側生組織を階層組織の萌芽的状態の記述概念とすることによって,側生組織を公式組織とすることが可能であると論じている.村田氏は,側生組織が公式組織の定義を満たしながら要素を満たしていない点を確認した上で,非公式組織から公式組織=階層組織が創出されてくる過渡的状態として側生組織を位置づけている.

人間の活性が非公式組織に媒介されて,整合的な場を形成する.それ故,側生組織が形成される始まりの時期,たとえば物々交換をするべく人と人が出会う時,においては,未だ非公式組織の段階であろう.しかし,人と人との相互作用はやがて創造的な調整に導かれ,次第に公式組織へと移行する.

目的を欠いた公式組織=側生組織を,目的の存在しない組織=非公式組織から共通目的を持った公式組織への移行的形態とする,つまり,側生組織とは,定義は満たしはしたが,未だ要素を満たすには至っていない段階の組織形態であるとされるのである.さらに,「概念枠組としての公式組織の一義性と,現実的存在としてのそれの両義性とが見られる」として,我々が歪みと呼んだものを,村田氏は科学と現実の差異として捉えなおし,公式組織理論が現実における管理の技を志向する際に必然的にはらまざるをえないものであるとされるのである.

確かに,階層組織であっても諸個人間の合意を契機に成立するものである.また,バーナードは,人を協働関係に誘引することと,誘引された個人から活動を引き出すこととを,別々の管理職能としているから,組織を作る協働と組織で行なう協働が種類が異なる協働であって,前者が側生組織で行なわれ,後者が階層組織で行なわれるとする解釈が可能であるように思われる.つまり,主著の誘因の経済で述べられていた,組織が外部の人間を組織へと誘引する取り引きとを,階層組織への契機をはらんだ側生組織であると捉えることができるのである.顧客と組織の関係に誘因の経済がそのまま適用できるのは,誘因の経済が対象としていた組織と貢献者の加入を巡る交渉自体が,すでに側生組織の形態であったからだと言ってよいだろう.側生組織と階層組織という2類型の枠組みから主著を改めて省みるならば,すでに側生組織から階層組織が形成されてくるという公式組織の形態の発展論が述べられていたことを見いだせる.そして,側生組織−階層組織という段階論として捉えられていたから,主著では側生組織概念が見いだされなかったとも考えられるのである.

しかし,すべての側生組織がやがては階層組織へと向かうものではないであろう.組織への誘引の取り引きにおいては,そこで交換されるものが,誘引と参加であるがゆえに,取り引きが成立した時点で側生組織は階層組織へと移行する.しかし,同じ誘因の経済の対象である顧客と組織との交換からは,顧客が組織へ加入することは起こりえない.顧客と組織はあくまでも側生組織としての交換を反復しうるのみである.組織への誘引の取り引きは,側生組織の特殊な形態と,むしろ考えるべきであり,階層組織へと移行しない側生組織がありうること,このことこそが『組織と管理』において,バーナードが公式組織を側生組織と階層組織の2類型に改めて分類し直す契機になったと考えるべきだ.「世界政府」において側生組織と階層組織が二つの一般型として示され,その選択という問題設定がなされていたこと,さらには「組織の概念」で側生組織で行なわれる協働である交換を主著に含めなかったとの自己批判を行なっていることを考慮すると,側生組織という概念はあくまで公式組織の概念枠組の中に新たな類型として導入された概念であるとするべきだ.

もちろん,側生組織を新たな概念として位置づけるためには,先ほど指摘した側生組織には共通目的がないという問題,定義と要素の間の歪みを何らかの形で解決しなければならない.

バーナード自身は,側生組織概念の導入に当たって組織の定義を変更するようなことは行なっていない.組織の定義から組織に共通目的が存在することを自明のこととする立場を変えてはいないようだ.このことは,「組織の概念」の冒頭部分で「組織の質料は個人的貢献活動,すなわち組織の目的に対して貢献しようとする活動である」 3 と述べていることからも明らかだ.しかしながら,組織の概念を敷衍していく過程において,意図せざる結果かもしれぬが,定義=目的との図式から彼自身がはみ出している部分が見いだせるのである.それは,交換という関係を組織であると述べている部分だ.そこでは次のように述べている.

組織の中の最も単純なものには,A,B二人の間の財の交換がある.…,多くの場合,交換は協働であるとは考えにくいであろう.しかし,ちょっと考えてみればわかるように,両当事者の行為は相互に依存しあっており,相互連関的であるから,交換は,取り引きを成立させる合意,すなわち双方の行為の調整,に基づいているのである.

さらに,交換関係と雇用関係の比較を行なった部分において

こういう人間関係[雇用にみられる持続的安定的な関係]の有無にもかかわらず,合意によって調整された活動は組織を構成するのである.

とも述べている.これらの記述は,主著での「[公式組織が]目的をもつことが必要なのは自明のことであり,『システム』『調整』『協働』という言葉の中に含意されている」 - との立場からは出てこない.それゆえ,これらの記述から,バーナードが組織の成立の条件として,かならずしも目的を必要としないこと,つまり,定義の「行為の意識的な調整」は目的だけが可能にするものではなく合意によっても可能であることに気がついていると言えるのではあるまいか.「合意,すなわち双方の行為の調整」として,ここでは合意によって調整が行なわれることを明言しているのである.そこには"目的共有なき行為の調整は可能であり,そうした調整によって成立する組織が側生組織である"という公式組織の新たな主張がはらまれているように思われる.

そこで我々は,組織の成立に共通目的は必ずしも必要としないということ論証し,側生組織を公式組織の枠組みに整合的に組み込めることを示そうと思う.バーナードの組織の定義と要素の関係を再検討することで,合意が定義に拠って要素と位置づけられること,共通目的が無くとも行為の調整が行なわれることが可能であることを示そう.端的に言えば,我々の主張は,公式組織の要素に合意という新たな要素を追加し,コミュニケーションが可能であり,協働意欲があるとき,目的の共有または合意が成立すれば,公式組織が形成される,という変更を加えようというものである.

この変更が公式組織の理論の整合性を保てるかどうかは,つまるところ,組織の定義の「意識的な調整」の実現の問題であると言ってよい.行為の「意識的な調整」は目的がなければ実現しないものなのか?調整の際に目的の果たす機能は,目的にしか果たせない機能なのか?この点を明らかにすることによって,我々が変化と呼んだものが,単なる揺らぎなのか,理論的な拡張なのかを明らかにできるだろう.そのためには,主著の公式組織の理論を再検討しなければならない.


4:合意による調整の実現

まず,組織の定義についてあらためて確認しておく.組織とは「意識的に調整された人間の活動や諸力の体系」である.この定義は2つのレベルの規定が接合されていることに注意しなければならない.つまり,「人間の活動や諸力の体系」という行為レベルでの規定と,「意識的な調整」が行なわれるという協働システムレベルでの規定である.行為そのものが無媒介的に調整されることはない.行為が行為に直接に接合することはありえない.かならず人間の意識を媒介として調整は行なわれる.つまり,組織の構成要素(component)としては人間は排除されているけれども,組織そのものは人間を媒介せずには成立しないのである.それゆえ,組織の成立及び維持は,協働システムという媒介の状況に依存する.組織を産み出していくような協働システムの条件,これこそが組織の要素(element)である.定義の「意識的な調整」は, element を規定する原理である.このように,組織の定義には,行為レベルのcomponentの特徴の規定と,協働システムレベルのelementの規定原理とが述べられているのである.

それでは,純粋に行為レベルだけで,component の次元だけで組織を規定しようとするとどのようなものになるのか.意識的に調整された諸行為とは,どのような諸行為なのか.これについては,バーナード自身が「組織の定義」において次のように述べている.

私が『経営者の役割』を執筆する際に到達した組織の概念は,時間的な連続性を持つ活動及び相互作用の統合的集合体という概念であった.

つまり,意識に調整された諸行為とは,時間的な連続性を持つ諸行為である.逆に言えば,時間的な連鎖を形成するように行為が調整されれば,それが組織になるのである.それゆえ,組織の要素elementと呼ばれる協働システムレベルでの条件は,相互行為の時間的な連続性を確立するように調整を行なうということである.これが定義から導かれる組織の要素の条件になる.

相互行為の時間的な連続性はいかにして確立されるのであろうか.行為する意欲を持った人間がいて,互いにコミュニケーションが可能な状況であれば,相互行為は営まれるだろう.しかし,それが時間的な連続性を持つ条件は何だろうか.相互行為とは「適応的行動の意図と意味に対する一連の応答」としてなされるわけだから,それが時間的な連続性を確立する状況とは,応答が安定的に繰り返されることである.これは,行為する者にとって,自己の行為と,それに対する相手の反応的行為が,共通のコンテキストに属しているものと了解できる状況が続くということである.端的に言えば,相手の反応が納得できているかぎり応答は続けられうる.

共通目的は,共通のコンテキストの設定によって,相互反応が連続的に応答することを可能にするのである.環境解釈の基準としての目的は,特定の個人的観点に偏っていないという点で一般的と呼べる観点からの,第三者的な行為の意味づけを可能にする.また,各人に同じ方向性を持った行為の指向性が付与されることで,行為の意図を第三者的に解釈し,行為者に帰属させることも可能になる.つまり,共通目的という相互行為には外在的な観点を基準に,新たな意識的に規定されたコンテキストを設定し,各人をそのコンテキストに位置づけ直すことで,互いに了解可能な状況,互いに納得しあえる土台を形成する.各人の欲欲求充足が同じ一つの目的の達成に依存することによって,互いの主観性の差異は,同一目的の手段としての同質性を基盤にした相対的な差異性に位置づけ直され,それによって調整が行なわれるのである.

しかしながら,注意しなければならないのは,行為の応答が連鎖をなすための最低限の条件は,個々の行為者それぞれが納得する(主観的に了解する)ということであって,納得を支えているコンテキストが同じである必要は無いということである.たとえ同じ状況を全く別々に解釈しているもの同士であっても,互いに相手の行為が納得しうる限り,相手の行為が予想を裏切ることが起きないかぎり,相互行為を続けられる.この最低限の状況がこそ自由な合意が確保する調整である.そこには目的の生み出すような客観的コンテキストは成立しない.しかし,各人は自己の欲求充足が相互行為を通じて可能であるという主観的条件のみで相互行為を営むのである.行為の相手を一種のブラックボックスとみなし,ブラックボックスが自己の予期を裏切るような結果を返さないかぎりにおいて,応答し続けているわけである.合意は確かに調整機能を担いうるのである.

調整をシステムが他のシステムとつながりを持つことであると捉え直したうえで,目的と合意に関する上の議論を整理し直すと,二つは全く異なるメカニズムになっていることがはっきりする.共通目的による調整は,目的を参照点とした機能的・動作的に閉じたシステムを新たに作り,そこへ個々のシステムをサブシステムとして統合する.個々のシステム同士は,サブシステムであるかぎりにおいて他のシステムとのつながりを保つ.それに対して合意は,システム同士がつながりはするが,個々のシステムがシステムとして自律している限りにおいてこのつながりが維持される.

以上のことから,合意は行為の調整を行ないうること,それゆえ自由な合意を組織の要素とすることは,組織の定義と矛盾することなく主張しうると言ってよい.合意は,目的とは異なっているが,組織の要素足りうるのである.主著段階の組織の3要素をそのまま手付かずに後生大事にしているかぎり,公式組織の理論の中に側生組織を一般的類型として組み込むことはできない.それゆえ,側生組織と階層組織という2つの公式組織が,形成段階の類型ではなく,一般的な公式組織の類型であるとするためには,組織の要素に合意を加わえた上で,組織の要素も2つの系に分けるべきなのである.つまり,階層組織の要素として[コミュニケーション・協働意欲・共通目的]という組み合わせがあり,側生組織の要素として[コミュニケーション・協働意欲・合意]という組み合わせがある,ということになるべきなのだ.このように,組織の要素も2つの系に分けることによって,側生組織を新たな類型として公式組織の理論の中に整合的に組み込むことが可能になるのである.


5:側生組織の意義

最後に,側生組織という新しい概念を導入することの意義を確認しておくことにする.まず,組織と個人との相互行為を捉えうる枠組みがきちんと設定されることになる.顧客との関係,組織への誘引の取り引きのように,組織人格の行為者と個人人格の行為者が相互行為を行なう場面が側生組織として位置づけられるのである.

しかし,何よりも,公式組織の理論の枠の中に自律性という新しい観点が加わることになるのが,最大の意義である.この点については,バーナード自身が,『組織と管理』の序文の中で「世界政府」についてのコメントして述べている次の言葉に端的に要約されている.

その過程[計画化の問題点を指摘する過程]で私は,組織の構造と作用の両者についての新しい素材を提示し,自発的な横同士の合意によってもたらされる公式組織の自由な作用による,社会的活動の自律的組織化(the autonomic organization of social activities)というアイデアを特に展開しました.

側生組織と階層組織の2類型の導入によって,公式組織の枠組みの中に,適応的柔軟性と合目的的安定性,自律と他律という二項対立が導入されるのである.この二項対立の構図は,バーナードの思想を貫く,自由−決定論という二項対立図式の系譜につながることは明らかであろう.また,側生組織の自律性とは,システムへの参加者にとっての自律性であって,公式組織自体にとっての自律性ではないことに注意しなければならない.側生組織を自律的と論じるこの立場には,人間個人から出発して組織を論じていくというバーナードの姿勢が貫かれている.そして,主著においては自律−他律の対立は,個人−組織の対立になっていたわけであるが,側生組織の導入によって,公式組織レベルでの対立としても論じられることになったわけである.このことは,自律−他律のジレンマを解消する道を公式組織の中に見いだしていこうとするバーナードの姿勢の現われであるように思われる.人間の持つ自律性のダイナミズムと環境適応性を組織において活かす道を探ること,これは主著の最後に道徳論を置き,さらには主著以降に責任優先説を唱えていったバーナードの組織理論の深化の方向にほかならない.側生組織という概念もまた,この流れの中で,公式組織に自律性を導入するべく見いだされたものであると言えるのではあるまいか.