このページは福井県立大学の田中求之が2006年1月まで運用していた Mac のサーバ運用に関する会議室 「Web Scripter's Meeting」の記録です。情報が古くなっている可能性がありますのでご注意ください。

コミュニケーションの場を作る

発言者:田中求之
( Date Thursday, August 12, 1999 00:10:19 )


Web の会議室にせよ ML にせよ、コミュニケーションの場を作るということは、単に
仕組みを作ればよいというものではありません。というか、仕組みを作っただけでは、
うまくいかないわけで、なんらかの形で積極的に場を作っていくという作業が必要に
なります。

しかしながら、一方で、たとえば「自由に発言せよ」という強制や「みんなで情報は
共有しなければ」といった押し付けは、結果的にコミュニケーションの場の生成を阻
害します。みなさんも、ML などで、「この場は〜なんだから云々」という発言に白け
た思いをされたことが1度や2度はあると思います。

また、立ち上げの段階を終わっている組織において、「この場は〜」という発言が目
に付き始めたときには、その場は実質的に崩れ始めているといってもよいかもしれま
せん。自発的な発言によってのみ成り立つべき場において、自発性やボランティア意
識を強制するという矛盾した行為がなされること自体、ある種の危機の表れだと考え
られます。

単に場を盛り上げればよいのであれば、フリートークにしたり、フレームを引き起こ
したりすれば済むだけの話ですが、そうではない、ある種の方向性を持った場を作り
上げていくにはどうしたいいのか? この点について、考えてみたいと思います。

(続く)

田中求之 さんからのコメント
( Friday, August 13, 1999 00:55:42 )

今どき、この手の話をするとなると、多かれ少なかれ、オープンソースの話というか、
Linux の話に触れないわけにはいかないということがあるわけですが、場の形成とい
う観点で Linux コミュニティを見るとき、最大のポイントは、やはり Linus 
Torvalds 氏のリーダーシップのありかたということになります。

先日翻訳がでた『オープンソースソフトウェア』の中の Linus Torvalds 氏の章と、
巻末の「ディベート:リナックスは時代遅れだ」を読めば、そのことがはっきりとわ
かります。

色々な点を挙げることができますが、まず最大のポイントは、「きちんとしたポリ
シー(哲学)を持っており、それを表現できること」ということでしょう。

言い方を変えるならば、「なぜ?」という問い掛けに対して、つねに応えうるという
意味での責任を持っているということ。Responsive & Responsible ということです。

こうした人間がコアになってコミュニケーションを組織していくとき、そこにどれほ
どのまとまりができ上がっていくのかということを示したのが linux のムーブメント
だと私は思います。

また、こうしたムーブメントは、Linux だけに限らず、私たちが普段使っている、オ
ンラインのソフトウェアのベータテストやサポートの ML でも見られることです。

この点については、また、改めて述べます。

(続く)

田中求之 さんからのコメント
( Monday, August 16, 1999 17:27:52 )

この「コミュニケーションの場を作る」というネタは、実はこの夏、本業の方で書い
ている論文のテーマで、来週、このテーマで某大学の社会学の集中講義をやる予定だっ
たりするので、以下、準備として集めたメモなどをバラバラに書いていきます。ほと
んど自分のための覚書です (^_^;;

●メタファーとしての Jazz

互いがコミュニケーションを勧めながらプロセスを進行する Jazz セッションが、新
しい組織のあり方のモデルとして注目される。アドリブ(即興)が行われることがポ
イント。決まり切ったことではなく、しかし出鱈目でもない、アドリブが生まれてく
る場というもの。観客の反応も巻き込みながら盛り上がっていく Live 演奏のような
場の生成にポイントは、演奏者が互いに相手とそして自分の演奏に耳を傾け、自分を
開いていくことにある、といわれる。

●知らないこと/分からないこと

知らない/分からないということを明言することは、自分の知らない/分からない部
分に対して、他人が接続して協働を行っていくという開始点となる。また、他人が
「知らない/分からない」という情報にこそ、自分の中の自明になってしまっている
部分を新たに問直すきっかけが含まれている。

●コミュニケーションは意思「伝達」ではない

相手からの反応が返ってきて、はじめて自分が「何を伝えたのか」が確定するプロセ
スであり、発信者の意図が何%伝わったかが問題なのではない。発言者には、自分の
コミュニケーションの効果を確定することはできない。それゆえに、コミュニケーショ
ンは続いていくことによってしか成立しない、プロセスである。意思の伝達として、
あたかも機械による信号伝達と同じモデルで考えていると、問題を見失う。我々は、
人間と同型の意思を持たないものとだってコミュニケートできる。

●プロセスということ

コミュニケーションはコミュニケーションを生むことに意味がある。言葉をつなぐと
いうこと、言葉をつないでいきながら言葉(発言)の中に含まれているテーマを展開
するように持っていくこと、そうしたプロセスが進行する中で場ができあがる。場と
は、具体的には、コミュニケーションの応酬が誰に対しても透明になっているもので
あり、また、その履歴が確認でき、さらに、いつでも参加ができるようになっている
ものだと言ってよい。Web 会議室システム(あるいはパソコン通信のフォーラム)は、
この場というものを、常に見えるものにしてあるという点で、メーリングリストとは
異なる。共有されたストックがあってこそ、フローに方向性が芽生えてくるのである
から、場の形成においては、ストックに対してどれだけアクセスしやすくなっている
かが重要なポイントになる。この点で言えば、個々の発言(スレッド)を追いやすい
という点で EasyBBS のような形態はメリットがあるが、一方で、ストックの量が巨大
になってきたときのアクセスのしやすさをいかに確保するかという点が問題になって
くる。


●名指しの必然性

たとえ匿名を認めている場であっても、人は自分が使い始めたハンドルネームをその
まま使い続けることで、場への参加を表明していると見ることができる。同じ名前で
名指すこと(呼びかけること)ができ、それに対して同じ名前の元で応えが返ってく
るということ、これが関係構築の基礎。名乗ること、そしてその名前に対して責任的
であり、その名前への呼びかけに対して応答的であること、これがコミュニケーショ
ンを継続していくための基盤となる。



(訳がわからなくなりつつ、まだまだ続く …と思う (^_^;; )

今井真人 さんからのコメント
( Tuesday, August 17, 1999 10:12:34 )

オタク評論家の岡田斗司夫氏 さんがこんなことを書いてました。

> ネットの中で暮らす人の自我は「分裂」しています。あるところでは
>ベテランになって教え、あるところでは初心者になって教わりと、平気
>でいくつものキャラクターを持っています。五十歳代以上のネットワー
>ク参加者はそういうわけにはゆかない。「僕の若いころは……」と、現
>実の自分をそっくり持ち込みギャップを作ってしまう。若い人は一見ば
>らばらでも、全体としてちゃんとスタイルを持っている。むしろコーディ
>ネート能力の高さを感じます。

 論文の参考になればいいです。

猫の手 さんからのコメント
( Tuesday, August 17, 1999 10:33:44 )

 easyBBSをはじめとする文字媒体を使った通信手段だと、発言しな
いとその場にいないことになってしまう。会議のように対面で話し
合うような場合には、黙っていることも、何かしらコミュニケート
することにならないだろうか。もちろん、言葉以外に、表情やら態
度やらで伝えられることもあるし、沈黙することが、例えば了解で
あったりすることもある。それは、そのコミュニケーションを共有
する人が持っている特性が、伝えられる文字や言葉以外の方法によっ
て、事前に、あるいは同時に伝わっているからではないでしょうか。

すがー さんからのコメント
( Tuesday, August 17, 1999 16:54:18 )

>最大のポイントは、「きちんとしたポリシー(哲学)を持っており、それを
>表現できること」ということでしょう。

現在の私にとって耳が痛い文章ですが、まったくその通りだと思います。ポリ
シーを持っていても私はそれを表現するだけの力を持ってませんが、表現出来
る様に頑張ります。1年ちょっと前からこのサイトに来たり、Cyber Barbarian
s編の本を読んだりして感心させられていましたが(ファンでです)男ですが!
この論文も興味があります。出来たら読んでみたいです。あっ!場違いな発言
で申し訳ありませんでした。

今井真人 さんからのコメント
( Thursday, August 19, 1999 11:53:53 )

http://www.okweb.ne.jp/
にQ&A掲示板があります。

運営方法がちょっと変わっていて、良質なコメント者に
ポイントが与えられるという方法を取っています。
面白い運営方法だなと思います。

田中求之 さんからのコメント
( Sunday, August 22, 1999 17:40:15 )

履歴(大げさに言えば歴史)が、参照可能ものとして、かつ現実的に容易に
参照できるものとして、書かれてあることが、コミュニケーションの場を形成
するためにキーの一つになることは、別の発言の方で書いたんだけれども、
この情報が、ストックとして、書かれてそこにあること、に関連して、
「ノウアスフィアの開墾」の中に面白い考察がある。

「13 ノウアスフィア的所有権となわばりの動物行動学」の中の、Web ペー
ジを持ったプロジェクトは「本物」に感じられることについての考察だ。

「プロジェクトのホームページは、比較的空間的に組織された WWW の世界で
『故郷』領土として宣言を行うことにより、可能なプログラムの空間の抽象的
な開墾を具体化するものなんだ」

WWW は果たして空間なのかという点は置いておくとしても、ある種の不可視の
コミュニティを、可視的に宣言確認する媒体として、書かれたページという
ものの意義があるということ。もちろん、ここで問題になっているのは、単
に書かれたものがあるということではなく、それが公式的なものとしてある
ということの方が重要なんだけど。

このことは、皮肉なことに(?)、官僚制というものを思いださせる。
官僚制は、今では、組織の問題の象徴のように扱われるわけだれれども、
その根底にあるのは、民主的で平等で効率的な業務遂行の方法論である。
標準化・文書化・特化(専門化)・集権化というのが、その手法で、
集権化というのが、今ではすっかり旗色が悪くなってきたわけだし、実際
情報メディア(通信手段としてのコンピュータ)の発展が、分散化を
可能にするといわれているだけど、標準化や文章化というのは、
ある種の協働作業を遂行するために、重要な方法であるのだと言える。
つまり、官僚制だからなんでもだめ、という短絡的な考察が不毛だと
いうこと。

マニュアル文化などと言って、マニュアルに従った行動などをバカにする
向きもあるけれど、きちんと分かって従えるマニュアル(端的に言えば
分かりやすいマニュアル)ってのが、いかに稀なものかは、誰もが実感
しているはずだ。ちゃんとしたマニュアルを作れるということは、すごい
こと。

たまちゃん さんからのコメント
( Monday, August 23, 1999 20:15:15 )

コメントをするのをお許し下さい。

ひょっとして,この会議室は「人を育てる」場にもなっているのではないかと
いうような気がします。

インターネット上でそもそも「人を育てる」なんて出来っこないというように
思っていましたが,そうでもないんではないかという気がしています。

もちろん,インターネットを使った教育とはまったく異なっています。

まつしま さんからのコメント
( Tuesday, August 24, 1999 18:00:38 )

》●コミュニケーションは意思「伝達」ではない
で思い出した事があります
連想ゲームみたいなやつですTV番組でも同様のものがありましたが
数人でならんで次の人にジェスチャーで
ある事柄を伝えてゆくものです
このゲームは最後に『答え』が用意されていて
その『答え』と余りにも違う伝わり方なのでみんなで『笑う』やつです
日常生活の中には『答え』が用意されていませんから
『笑う』にはなりませんね(^^;
》easyBBSをはじめとする文字媒体を使った通信手段だと、
文字媒体で一番伝わらないのは僕はユーモアだと思う時が多いです
危機的状況になった時こそ、ユーモアが重要で最も必要なのに........
とBBSのフォーラム等で喧嘩が始まるたびに思ってしまいます。
》ちゃんとしたマニュアルを作れるということは、すごいこと。
ちょっと本題とはずれますが
以前アルバイトでISOのマニュアル作成と印刷をした時の事です
その会社は半導体等を作っていたのですが
半導体のウエハーをエレベターを使って運ぶ作業があるのですが
その作業のために『エレベーターの乗り方』のマニュアルがあり
マニュアルに準じて『エレベーターの乗り方』の講習を実施するのです
僕の担当のその会社の社員さんは
『もしウエハーをエレベーターの入り口で引っ掛けて落としたら......』
と絶対必要!と断言し大変すばらしいマニュアルを作っていました
『世界に通用するためには〜』が担当さんの口癖でした
担当さんの『熱意』には本当に感心する数週間でした
が『エレベーターの乗り方』のマニュアルの必要性に
担当さんの一次上司は『一笑』しました。
そのやり取りを見て複雑な気持ちになりました。
『エレベーターの乗り方』のマニュアルはギリギリで採用されました
担当さんの『熱意』が伝わらない時
マニュアルがそれを伝えてくれればいいな〜と思い文書番号を
タイプしたのを覚えています。
長くなりましたが何か参考になればと思いコメントしました

田中求之 さんからのコメント
( Monday, September 20, 1999 00:36:01 )

ある人から EasyBBS のインターフェースを移植(というか応用かな)したソフトの作
成の話がきて、改めて EasyBBS のインターフェースについて考えていたのですが、自
分が書いた発言が即座に流れの中で表示されることが持つ意味というのは、けっこう
大きなことかもしれないという気がしました。

メーリングリストの場合でも、自分が書いたメールも自分宛に送られてくるのが普通
ですから、その意味では、自分の発言というものをあらためて距離を置いて見ること
になるんですが、メールの場合は、読みたくなれば自分の書いたメールは読まなくて
も済む。一方、EasyBBS 方式の会議室の場合だと、嫌でも、自分が書いたことがペー
ジに埋め込まれたものを見るようになっている。

また、スレッドが1ページに書かれていることから、過去に自分が書いた文章を読む
(少なくとも目にする)ことがけっこう多い。

コミュニケーションにおいては、発言というのは、常に、一方において情報伝達の行
為でありながら、他方で、必ず、自己表現になっているわけです。そして、この自己
表現というものは、過去の自分の行為が現在の自分を拘束するものとして働くわけで
す。つまり、ある種のスタイルというかスタンス、場合によっては文体でもいいんで
すが、そこにおいて、一貫性を持つことが要請されるということがあります。別に強
制でも何でもないんですが、一貫性をもとに私たちは「らしさ」を感じるし、そこに
人格(パーソナリティ)を想定するということがある。さまざまな発言の中に反復さ
れている「何か」があることから、「らしさ」を感じ、それが発言者に対する信頼と
か期待へとつながっていくという面があるわけです。

で、自分が書いたものを、あらためて流れの中にあるものとして読むということは、
自分がどのようなスタンスの人間なのかということを、自分が読むということになっ
ている気がするんですね。自分を、その場にいる一人の参加者として捉えるって感じ
で。その場の中のひとりとしての自分とでも言うんでしょうか。

もちろん、テープレコーダに録音された自分の声を聞いたときのような、ある種のお
ぞましさ(笑)があるんですが、同時に、自分というものを、ちょっと距離を置いて見
ることになる。

そのことが、コミュニケーションの場の中で、自分を作っていく(少なくとも、この
会議室のような、そこに書かれた発言だけがすべてという場においては、パーソナリ
ティというのは、書かれたものを通じて「作られていくもの」だと思う)ためには、
重要な作業なのではないかという気がします。

ま、そういう面倒な理屈をこねなくても、自分が書いたものを読み直すことが人に伝
わる表現を身に付けるために重要なことだというのは小学校でも習うわけですよね。

ところが、実際には、メーリングリストなどで、ほんとうにこれを人に読んでもらう
ことを考えて書いているのか疑問に思うような、思いついたことをその場で書いて投
稿したんじゃないかというメールを見ることがあります。一度でも読み直せば、こん
な文章を人に読んでもらおうということが(たとえどんなに情報が詰まっていても)
横柄だということに気がつくんじゃないか。そういう意味では、嫌でも自分が書いた
文章を目にせざるを得ないというのは、その発言自体には影響がないにせよ、その後
の発言(コミュニケーション)に生きてくるんじゃないかなと、ちょっと思いました。

田中求之 さんからのコメント
( Wednesday, September 22, 1999 17:58:14 )

ネットワーク上で見つけた関連文献です。

その1

→  Thinkofit: Publications

田中求之 さんからのコメント
( Wednesday, September 22, 1999 17:59:45 )

その2は、その筋ではチョー有名な WELL の中にあるもの

→  Online Moderator Guidelines and Community-Building Tips 

田中求之 さんからのコメント
( Wednesday, September 22, 1999 18:04:08 )

その3は、ちょっと固めの論文

以下のサイトに Guest でログインして Organizational Science や
Management Science のバックナンバーをチェックしすると、面白い
記事が見つかります。

Organizational Science の Vol.9 No.5 は Jazz (即興)の特集です
(コンファレンスの記録)

→  INFORMS PubsOnLine

田中求之 さんからのコメント
( Wednesday, September 22, 1999 18:06:36 )

もう一つ。

Computer-Mediated-Comunication 誌

→  CMC Magazine Index

新井道夫(Michan) さんからのコメント
( Sunday, September 26, 1999 10:32:28 )

突然参入です

この掲示板そのものがコミュニケーションの良い例になっていると思います。
それはなにかというと参加者が常に前を向いて話題を進めようとしている、
何かを加えようとしていることです。掲示板で悪い事件になるケースは、
横向きないし後ろ向きの発言が入った時で、それは結局その人の社会に対する
ありかたそのものが現われたにすぎないのですが、いい掲示板でそれが
起きないのは、そんなことが無視されるだろうという雰囲気が予めわかって
しまうからで、そうでないところにはついかっとなってしまう人が必ず一人は
いるという場合です。そうなるとリーダーの役割もさることながら参加者が
ある程度少ないことが必要条件になるかもしれません。

ネットに慣れ親しんだ私も会社のイントラネットに自由な掲示板を入れようと
ずっと思っておりましたが、まずは必要な情報が先ということで手をつけて
いません。しかしみえないバリアとして、「一般社員が勝手に発言を始めて
収拾がつかなくなったら誰が責任をとるのか?」という質問が必ず出ると
予想されてまだ踏み込めないことと、誰を掲示板のリーダにするのか(自分?)
という点に解が見えていません。根源的には組織構造を壊す要素がBBSには
あるのだと認識しています。

はたして前向きなのか横向きの発言なのか自信がなくなりましたが...

藤川 さんからのコメント
( Sunday, September 26, 1999 15:41:54 )

>しかしみえないバリアとして、「一般社員が勝手に発言を始めて
>収拾がつかなくなったら誰が責任をとるのか?」という質問が必ず出ると
>予想されてまだ踏み込めないことと、誰を掲示板のリーダにするのか(自分?)
>という点に解が見えていません。根源的には組織構造を壊す要素がBBSには
>あるのだと認識しています。

私も、今の勤め先で社内ネットの推進役をやっています。
で、現在実験的にフォーラムのようなものを運営しています。
そして、私のところでも始めるにあたって、新井さんのおっしゃるような
「混乱」を危惧する声がありました。
私としては、牽制が社員の発言(意欲)をそいでしいまい
発言がなされない事のほうが心配だったので
「まずやってみる事が大事。で、結果としてそういった事態が本当に起きたら、
その時対処(停止)しましょう。」で、(理屈になってないのですが)
強引に切り抜けてしまいました。

いろいろと会社にとって都合の悪いことが起きることは予想はできますが、
それ以上に、社内の活力の萎えた雰囲気を何とかする方が先決。
それがマイナスのベクトルで出始めたとしても、淀んだままよりはマシ。むしろ確信犯的に、
混乱を起こしたい…。それが硬直化した組織を変えるキッカケになればいい。
というのもありました。 (ただ、下手をすると統制強化へ転びかねませんが・・・)

むしろ収拾できないくらいの混乱が起きるエネルギーが
あるとすれば、それはそれで素晴らしいくらいです(^^;)

そして今のところ、危惧したような事件は起きていないかわりに
発言数はけして多くありません。社員も様子を見ている感じですね。
しかし私の印象としては、このままだと蛇尾に終わりそうです。
今の発言内容が比較的「よい子」の発言であり、
他の人たちは、それを(発言者当人はそのつもりがなくても)
「エエかっこし」と見始めているからです。
つまり、混乱牽制のためのルールをこちらから明示するまでもなく
すでに暗黙の牽制がかかっているわけですね。

従来、表に出にくかった会社(組織体)の病んでいる部分は
内部告発とか、事故(顧客のクレームや事件)で露見するパターンが多かった
わけですが、社内の掲示板や会議室は、それを助長する可能性がありますよね。
経営者や幹部は、それは(本音では)困るわけです。
でも一方で、ナレッジマネジメントのような個々人の知恵や考えを
活かす経営もしなければならない・・・。

嫌な、都合の悪いことは言うな。
しかし、各人の経験や、そこから得たノウハウは適宜提供せよ…。
が経営者や幹部の本音ではないのかな。

昨年(今も?)売れた本で「なぜ会社は変われないのか?」というのがあります。
その中で、前向きなコミュニケーションは、そのプロセスの最初で
ネガティブな話し(不平、不満などの本音)を十分に吐露する必要があると言っています。
最初、ワっと不満のオンパレードになるのですが、それを延々と
続けるのは、人間しんどくなるようで、あらかた言いつくしてしまうと
自然と前向きな話しに転化するらしいです。

そう考えると、社内BBSのはじめが(もし)混乱状態になったとすれば
むしろ通過儀礼として正しい状態であり、あとは運営者(or経営者/幹部)がそれが終わる時を
どれだけじっと見守れるか、という事にBBSの成否が、かかっているように感じます。

子供の反抗期みたいな感じかな…(^^;)
そう思うと親(管理者)はやはり、それを作ろうと思った人が適任でしょうかね (^^;)

こういったコミュニケーションの場の運営にも
人間の成長のような育成プロセスがあるのかもしれません。
「元気な社内コミュニケーションの育て方」とか「BBSがすくすく育つ」
っていう本があったら、読んでみたい(^^;)

peace さんからのコメント
( Monday, September 27, 1999 12:48:15 )

真剣な議論中、失礼いたします。ふと、皆様のお話を見ていまして思い出しました。
こんなオンライン小説(?)があります。NVWの連載です。一部に妙に現実感ある
社内ネットワーク作りも描かれています(笑)ヒントになればと思い紹介します。
オンラインにしては結構な量の連載なので、お暇な時にお楽しみください・・・

→  「小説 起業講座」NIKKEI VENTURE WORLD



新井道夫 さんからのコメント
( Tuesday, September 28, 1999 23:07:31 )

蔵川さんから早速の事例紹介ありがとうございます。
書かれていることは、なるほどなるほどそうだろうなということばかりです。
社内では知っている人が見ているという規制がかかって自由な発言が
できない条件なんですね。ネットでのBBSは、お互い知らないので
肩書きや立場が白紙で、その人自身の考え方だけが素直に表現できる
コミュニティ!である点で社内BBSとの大きな違いだと実感しました。

管理側の危惧や規制以前に、自由な発言をする職場環境がやはり前提なので
しょう。しかしそれを待っていても変わらないからこういう刺激を与えては、
また様子をみて新たな試みをするというくり返しが必要なのかな と少し
見えてきた気がします。

田中求之 さんからのコメント
( Friday, November 05, 1999 01:56:36 )

自分なりの考えを以下のような論文としてまとめてみました。

最後の方は、ちょっと言葉が足らないのですが、それは次の論文で展開したい
と考えています。

…直接は出てませんが、EasyBBS はなぜあのような形なのか、を理論的に
弁明したものとして読めます (^_^;;

→  ネットワーク会議室における自己表現と自発性